トランスメディア提供アイコン01 カテゴリ:その他( 144 )

トランスメディア提供アイコン01 燃ゆる姫路城

 
2月2日は姫路港にリベンジに来ました。
船泊まりの船もなく低層に雲もなく、ダルマへの期待も高ぶりましたが・・・
水平線ギリギリになったとき島影が浮かび出てきて
結局ダルマにはなりませんでした。
姫路港も夕陽は1月下旬がダルマ撮影のリミットですね。また来年!
<姫路港の夕陽>
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この日は姫路に泊まりました。
 
2月3日は姫路城と夜明けの月とかが撮れたらいいなと
お気軽に考えていました。
運良く2月3日の天気は下り坂、
朝焼けが素晴らしく焼けてくれました。
<わぁ〜朝焼けや〜>
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<燃ゆる雲> サンピラーまで出ています
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<御 来 光>
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by Mr_Futchan | 2019-02-23 20:16 | その他 | Trackback | Comments(4)

トランスメディア提供アイコン01 星の軌跡 三景

 
串本では午前3時半から橋杭岩で
午前5時に古座に移動して朝陽を待ちながら星の軌跡を撮った。
全て比較明合成です。
<1> 
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<2> 
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<3> 
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<1>の時間が短いですが、
これは風の影響でカメラが動いたので
編集をやめたからです。
 
 


by Mr_Futchan | 2019-02-07 00:00 | その他 | Trackback | Comments(1)

トランスメディア提供アイコン01 十六夜 月の出のドラマ

 
先の写真を撮った横でミラーレス(Sony α7II)を連続撮影させておいた。
 
日が沈んで月が昇るまで1時間あまりあり星も見えてきた。
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下の写真は撮った写真を比較明合成しています。
月が出てもこんなに空が色づいた写真が撮れるとは思はなかったです。
とてもドラマティックな絵になりました。
 
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by Mr_Futchan | 2019-02-05 00:00 | その他 | Trackback | Comments(2)

トランスメディア提供アイコン01 橋杭岩と十六夜の月

  
南紀串本の橋杭岩も南紀ジオパーク南エリア串本地区の地形景観の1つです。
 
橋杭岩は約1500万年前に地下から噴き出したマグマが
熊野層群に貫入した石英斑岩の岩脈で
紀伊半島の隆起に伴い、波浪により泥岩や砂岩はどんどん浸食される一方、
石英斑岩ははるかに硬いため周囲から取り残され、
橋脚のように高くそそり立つことからこう呼ばれているとのことです。
 
1月22日の日の入りは17時19分、月の出は18時34分、
十六夜の月の日でした。
この日初めて水平線からの月の出を待ちました。
<黄昏どき>
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待つうちに水辺線の奥から赤い月が昇ってきた。
あまりの美しさに一心にシャッターを切った。
<赤いダルマ月> 
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月は昇るにつれ赤から黄に色変わりしていきました。
しばらく十六夜の月と橋杭岩とのツーショットを撮りこの日の撮影を終わった。
<橋杭岩と十六夜の月>
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次回は月光に輝く星空と橋杭岩との競演です。






by Mr_Futchan | 2019-02-03 00:00 | その他 | Trackback | Comments(5)

トランスメディア提供アイコン01 ジオサイト 和深海岸

 
和深海岸は、西、南、東の3つのエリアを有する
南紀熊野ジオサイトの南エリア串本町サブアリアにある。
串本町サブアリアだけでも16カ所のポイントがある。
和深海岸
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この付近の崖には砂岩と泥岩が交互に積み重なった
砂岩泥岩互層と呼ばれる縞模様の断層があり『タービダイト』と呼ばれている。
断層下の磯-1
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砂岩泥岩互層
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断層下の磯-2
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地層の下面には砂や泥を運んだ乱流(混濁流)の向きを示す
痕跡(ソールマークという)も見られます。
<これもソールマーク?
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断層観察だけでなく、
岩に打ち寄せる波の長時間露光撮影にもトライしました。
<波の長時間露光> ND16使用
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by Mr_Futchan | 2019-02-01 00:00 | その他 | Trackback | Comments(2)

トランスメディア提供アイコン01 思い出の山行 「劔岳登頂」

 

新田次郎の「点の記」の舞台劔岳には、

38年前の梅雨明け後直後198171820日に登った。

この時長男は満2歳。

「お父さんとお母さんはオバケ退治に行ってくるから、

堺のおじいちゃんとおばあちゃんの家でお利口にしてるんやで!」

と言い聞かせ出かけた。

 

718

大阪駅発23:20糸魚川行き急行「立山5号」を利用、

夏山シーズンのみ一部車両が乗り入れている富山電鉄「立山駅」で降りる。

立山ケーブル〜弥陀ヶ原〜室堂と

室堂までは黒部立山アルペン・ルートの大観光ルートをたどる。

 

室堂からはミクリガ池を横にみて、雷鳥沢から剣沢のサイト地へ向かう。

雷鳥沢の登りコースの残雪地帯は夏スキーのメッカ。

夏合宿であろうか、真っ黒い顔のスキーヤーが滑っては、

また、黙々とスキーを担いで登り滑っている。

雷鳥沢の登りでは夜行から一気に2,000mを超えて雪渓を渡ったので

軽い登山病か?頭が痛かったのを覚えている。

剣沢のサイト地からは、剣岳の眺めも最高である。

イワヒバリが沢山いてテントに近づき食べ物をあさっていた。

<剣沢のサイト地>


<闖入者イワヒバリ>


 

719

剣沢のサイト地から剣岳へは往復5.5〜6時間である。

妻は空荷、荷物は全て私が背負うこととなる。

梅雨明け10日の絶好の登山日和、登山者が結構多い。

前剣岳手前にクロユリの群生がある撮影。

ここでカメラのフィルムの替えをサブザックへ移し忘れていることに気がつく。

(大失態である。残り数枚わずかで我慢!)

<クロユリ>


 

前剣を過ぎて道はガレ道に変わり、

さらにスリル満点の岩場・カニの横ばい・鎖場・ハシゴと続く。

妻もあまり恐がりもせず、空荷だから動きは軽快だ。

頂上の祠からの360°大パノラマの眺めは素晴らしい。

(フィルムが無いのが悔しい。)

記念の妻の晴れ晴れした姿とツーショットはカメラに収めた。

<立山〜弥陀ヶ原のパノラマ>

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<妻の晴れ晴れした姿>


<記念のツーショット>


 

720

今日も天気は晴れ。

後ろ髪を引かれる思いで現実の社会への帰路につく。

 

 * * * * * * * * * * * * * * *

 

1137:05 亡き妻の父(堺のおじいちゃん)が永眠、

先立った娘のところへ逝きました。

義父は享年93歳でしたが、

長年プロバスクラブ(社会奉仕団体)で活動していましたので

多くの方々にご会葬いただきました。

下の写真は、20014月に近所の桜並木へ花見に行ったときのもので、

お通夜、葬儀前に流した30数枚のスライド・ショーに加えた1枚です。

<在りし日の義父と妻>


 

 

 


by Mr_Futchan | 2019-01-17 12:00 | その他 | Trackback | Comments(6)

トランスメディア提供アイコン01 思い出の山行「北アルプス カモシカ原から朝日岳へ」(下)

 
○1977年7月17日 後半
 さて、これからが残雪が多い登りルートとなる。
 はじめは妻が前を歩いてペースを合わせていたのだが、
途中から私が前を行く。
 高度を稼ぐにつれてルートを覆う残雪の規模が大きくなる。
 残雪にブチ当たると、ザックを下ろしてルート探しである。
 妻にも教えたが、必ず残雪がコースを覆う始点と終点に小石と小枝を使って反対点を示す目印があった。
 山歌「なため」を思い出す。顔見えぬ登山者に感謝する。
 こんなところが何箇所あったことだろうか。
 下見とステップ切りで時間が瞬く間に過ぎてしまったが、
 高度を稼ぐにつれ「カモシカ原」から「吹き上げコル」手前にかけてお花畑けが開けてくる。すばらしい! 

<カモシカ原に広がるお花畑>
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<梅雨明けの山行を飾る思い出のシーン>
 妻はバテバテでしたがこの写真をとても気に入っていました
 (クリックすると大きくなります)
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<吹き上げコル>
 SU君とはこの3年前にここでビバークした
 雪田に近寄ると涼しい
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<雪が溶けるとミズバショウが顔を出す>
 妻は自然に咲いているミズバショウを見たのははじめてでした
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 吹き上げコルで高山植物と遊んだ後
 朝日岳(2098m)を過ぎ、朝日小屋サイト地着午後3時半。
 
<朝日小屋サイト地> 右端の小さなツエルトが二人の住居(笑)
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 夕食時間近くに白馬岳に陽が射す。
 すると山小屋からカメラマンというか小屋の若者が三脚担いで走って出てきた。
 長雨で彼らも白馬岳の勇姿は久しぶりだったようだ。

<白馬岳の夕景>  (クリックすると大きくなります)
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○1977年7月18日
 午前6時起床。晴れ。
 朝日小屋から北又小屋へ下り、北又小屋から午前9時のトラックに乗り小川温泉へ。
 

 梅雨空と残雪が心配な山行でしたが、
 今では懐かしい思い出の山行の一つとなりました。( 妻23才、私25才の夏 )


 
 

by Mr_Futchan | 2019-01-11 00:00 | その他 | Trackback | Comments(4)

トランスメディア提供アイコン01 思い出の山行「北アルプス カモシカ原から朝日岳へ」(上)

 
今回の「思い出の山行」は、妻と結婚して初めて登った本格的?山行の記錄である。
これより3年前ここ北アルプス朝日岳カモシカ原は、
SU君と蓮華温泉に下ろうとして残雪が多く下ることが出来なかったルートでる。
     URL→ 思い出の山行 海抜ゼロメートルから白馬岳へ (下)
妻の短大のワンゲル部(ハイキング部にチョっと毛が生えた程度)で夏合宿のルートにこのエリアに決めたのだが、
SU君と登った数日後、
妻達は下見ワンデリングでSU君と下ることが出来なかったこのルートを登ろうとした。
ところがやっぱり妻達は雪倉下ノ沢手前でルートを見失い途中でビバークしたらしい。
彼女達の技術では大雪原では引き返すことさえ出来なかったと思われる。結果オーライであった。
でもチャッカリ蓮華温泉の最も上の「露天風呂」にタオル一枚で入ったそうな。
 
この山行は夫婦共のリベンジ登山です。
 
<マップ>
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○1977年7月15日
 22:10発青森行き急行「きたぐに」にて出発。
 
○1977年7月16日
 糸魚川で乗継ぎ大糸線平岩駅下車、バスで蓮華温泉午前9時着。ここで登山届け提出。
 天気は今にも雨が降りそうな曇り空であった。
 この3年前と同じく、大阪では梅雨は明けていたのにこの辺はまだ明けていなかった。
 
<蓮華温泉>
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 雪倉下ノ沢のモッコ渡し(現在は鉄橋となっている)で本降りの雨となる。
 雪倉下ノ沢の激流の上をモッコ渡しで渡るのは、結構スリルがあった。
 怖がる妻に乗り方を指導したり、ザックを運んだりして1往復半した。
  (写真はこの1年後に撮影した同じモッコ渡し)
<雪倉下ノ沢のモッコ渡し>
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 次は今回最大の難所、白高地沢の渡渉である。
 私一人なら力で押し切ることも出来たかも知れませんが、
 妻の体重・脚力、私自身の渡渉技術の未熟さ、すぐ下流に滝のような急流があったこと等から、
 1時間程付近をウロウロしたが渡れる場所を発見出来なかった。
 雨は土砂降り。仕方なくクマザサの中の少し高いところにツェルトを張った。
 午後2時。ここでビバーク。

○1977年7月17日 前半
 6時起床。天気は霧雨。
 前日目印を付けておいた河原の岩をみると数cm水面が下がっており、
 流れの勢いも小さくなっていた。
 徒渉決行!
 妻のザックも担いで川を1往復半してやっとのことで渡ることができた。

 白高地沢を渡渉して五輪尾根のカモシカ原に取り付く頃には雨は止み、
 雲が急速に飛び上がり、またしてもここで梅雨が明けたのだ!
 
<カモシカ原にて> 梅雨が明け妻の顔も少し明るくなった
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                  つづく

 

by Mr_Futchan | 2019-01-07 00:00 | その他 | Trackback | Comments(2)

トランスメディア提供アイコン01 謹賀新年 2019年

 
謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
 
本年も宜しくお願いいたします。
 
      平成31年 元旦  ふっちゃん
 
 
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 *        
 
昨年美瑛で撮ったクリスマスツリーの木を使って一生懸命作ったのですが・・・
ブログのFile容量制限(500kB)からこんなに小さくなってしましました。
 
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by Mr_Futchan | 2019-01-01 00:00 | その他 | Trackback | Comments(8)

トランスメディア提供アイコン01 思い出の山行 海抜ゼロメートルから白馬岳へ(下)

 

1974720

8:00起床。朝食後、9:15の天気図を付けるが、さして昨日の天気図と変わらず梅雨は明けそうにない。

栂海新道を歩破したこともでもあり、 これから先は社会人になっても来る事ができると意見が一致、

朝日岳から東に伸びる山稜(通称カモシカが原)に沿って蓮華温泉へ下山すると決める。 ところが

これが間違いのもとでした。

9:45ツェルトを撤収してガスと雨の中を濡れネズミとなって下り入る。すぐに大雪田にぶち当り、深

いガスで先が分からない。 ザイルでお互いを結び、 ホールドしては進み、 進んではホールドして、

雪田の上を何度も行ったり来たりして高度を下げて行くも、全く下山する道が分からない。視界10m

五里霧中とはこのことである。

1時間しても分からないのでスタート地点へ戻り、 次は少し方向を変えて雪の少ない稜線上を行く。

赤布のマーキングを発見して下山ルート発見かと思うがどうも違う。 春山スキーコースの目印か?

再度スタート地点へ、下山出来ないのである。( 二人とも地図読みには自信があったのだが・・・)

12:30吹上げコルでしょぼい昼食を摂っていると霧が晴れ、大きな雪田が眼下に広がる。ゾっとする。

危なくて、霧が晴れていても、上りは可能であったとしても我々の装備と技術では下りは無理である。

ここで元の雪倉岳〜三国境〜白馬大池〜蓮華温泉とコースを元に戻す。

 

赤男山を過ぎた頃雨が上がる。 しかも今まで下界を覆っていたガスや雲は何処へ行くのかという程、

急速に視界が開けて行く。「梅雨が明けたのだ!」こんなにも劇的に天気が変わるものなのか!!! 

梅雨が明けた

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雪倉岳(2611m)を過ぎる頃には太陽がまぶしい。15:30雪倉非難小屋着。

直ぐにツェルトを張って干し、寝袋や衣服を干した。この夜、非難小屋の中には入らず、満点の星空

の下ツェルトの中で寝た。

<7月21日の朝>

 


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7:00 冷ややかではあるが心地よい朝の空気の中出発する。旭岳が陽を受けて素晴らしい。 三国境

に来て沢山の登山者に出会う。今まで二人行動であったため、人に酔ってしまう。 三国境からは

白馬岳を望むだけで山頂までピストンもせずに帰路を急ぐ。

白馬大池からは長い下りである。蓮華温泉に着く頃にはヒザが大笑いをはじめていた。11:30

<旭岳をバックに>

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<白馬の勇姿> 三国境より

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**************************** END

 

下山して数日後大学のワンゲル人パーティーの遭難騒動が新聞に載った。 我々が下山を諦め

同じ日、同じ山域で道に迷ったらしい。

 

SU君のおかげで、学生時代最後の素晴らしい山行を楽しめた。ありがとう!

 

彼はその後造船所に勤め、今も多くの職工を束ねている。

 

 



by Mr_Futchan | 2018-12-27 00:00 | その他 | Trackback | Comments(2)