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トランスメディア提供アイコン01 思い出の山行 「劔岳登頂」

 

新田次郎の「点の記」の舞台劔岳には、

38年前の梅雨明け後直後198171820日に登った。

この時長男は満2歳。

「お父さんとお母さんはオバケ退治に行ってくるから、

堺のおじいちゃんとおばあちゃんの家でお利口にしてるんやで!」

と言い聞かせ出かけた。

 

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大阪駅発23:20糸魚川行き急行「立山5号」を利用、

夏山シーズンのみ一部車両が乗り入れている富山電鉄「立山駅」で降りる。

立山ケーブル〜弥陀ヶ原〜室堂と

室堂までは黒部立山アルペン・ルートの大観光ルートをたどる。

 

室堂からはミクリガ池を横にみて、雷鳥沢から剣沢のサイト地へ向かう。

雷鳥沢の登りコースの残雪地帯は夏スキーのメッカ。

夏合宿であろうか、真っ黒い顔のスキーヤーが滑っては、

また、黙々とスキーを担いで登り滑っている。

雷鳥沢の登りでは夜行から一気に2,000mを超えて雪渓を渡ったので

軽い登山病か?頭が痛かったのを覚えている。

剣沢のサイト地からは、剣岳の眺めも最高である。

イワヒバリが沢山いてテントに近づき食べ物をあさっていた。

<剣沢のサイト地>


<闖入者イワヒバリ>


 

719

剣沢のサイト地から剣岳へは往復5.5〜6時間である。

妻は空荷、荷物は全て私が背負うこととなる。

梅雨明け10日の絶好の登山日和、登山者が結構多い。

前剣岳手前にクロユリの群生がある撮影。

ここでカメラのフィルムの替えをサブザックへ移し忘れていることに気がつく。

(大失態である。残り数枚わずかで我慢!)

<クロユリ>


 

前剣を過ぎて道はガレ道に変わり、

さらにスリル満点の岩場・カニの横ばい・鎖場・ハシゴと続く。

妻もあまり恐がりもせず、空荷だから動きは軽快だ。

頂上の祠からの360°大パノラマの眺めは素晴らしい。

(フィルムが無いのが悔しい。)

記念の妻の晴れ晴れした姿とツーショットはカメラに収めた。

<立山〜弥陀ヶ原のパノラマ>

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<妻の晴れ晴れした姿>


<記念のツーショット>


 

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今日も天気は晴れ。

後ろ髪を引かれる思いで現実の社会への帰路につく。

 

 * * * * * * * * * * * * * * *

 

1137:05 亡き妻の父(堺のおじいちゃん)が永眠、

先立った娘のところへ逝きました。

義父は享年93歳でしたが、

長年プロバスクラブ(社会奉仕団体)で活動していましたので

多くの方々にご会葬いただきました。

下の写真は、20014月に近所の桜並木へ花見に行ったときのもので、

お通夜、葬儀前に流した30数枚のスライド・ショーに加えた1枚です。

<在りし日の義父と妻>


 

 

 


by Mr_Futchan | 2019-01-17 12:00 | その他 | Trackback | Comments(6)

トランスメディア提供アイコン01 思い出の山行「北アルプス カモシカ原から朝日岳へ」(下)

 
○1977年7月17日 後半
 さて、これからが残雪が多い登りルートとなる。
 はじめは妻が前を歩いてペースを合わせていたのだが、
途中から私が前を行く。
 高度を稼ぐにつれてルートを覆う残雪の規模が大きくなる。
 残雪にブチ当たると、ザックを下ろしてルート探しである。
 妻にも教えたが、必ず残雪がコースを覆う始点と終点に小石と小枝を使って反対点を示す目印があった。
 山歌「なため」を思い出す。顔見えぬ登山者に感謝する。
 こんなところが何箇所あったことだろうか。
 下見とステップ切りで時間が瞬く間に過ぎてしまったが、
 高度を稼ぐにつれ「カモシカ原」から「吹き上げコル」手前にかけてお花畑けが開けてくる。すばらしい! 

<カモシカ原に広がるお花畑>
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<梅雨明けの山行を飾る思い出のシーン>
 妻はバテバテでしたがこの写真をとても気に入っていました
 (クリックすると大きくなります)
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<吹き上げコル>
 SU君とはこの3年前にここでビバークした
 雪田に近寄ると涼しい
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<雪が溶けるとミズバショウが顔を出す>
 妻は自然に咲いているミズバショウを見たのははじめてでした
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 吹き上げコルで高山植物と遊んだ後
 朝日岳(2098m)を過ぎ、朝日小屋サイト地着午後3時半。
 
<朝日小屋サイト地> 右端の小さなツエルトが二人の住居(笑)
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 夕食時間近くに白馬岳に陽が射す。
 すると山小屋からカメラマンというか小屋の若者が三脚担いで走って出てきた。
 長雨で彼らも白馬岳の勇姿は久しぶりだったようだ。

<白馬岳の夕景>  (クリックすると大きくなります)
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○1977年7月18日
 午前6時起床。晴れ。
 朝日小屋から北又小屋へ下り、北又小屋から午前9時のトラックに乗り小川温泉へ。
 

 梅雨空と残雪が心配な山行でしたが、
 今では懐かしい思い出の山行の一つとなりました。( 妻23才、私25才の夏 )


 
 

by Mr_Futchan | 2019-01-11 00:00 | その他 | Trackback | Comments(4)

トランスメディア提供アイコン01 思い出の山行「北アルプス カモシカ原から朝日岳へ」(上)

 
今回の「思い出の山行」は、妻と結婚して初めて登った本格的?山行の記錄である。
これより3年前ここ北アルプス朝日岳カモシカ原は、
SU君と蓮華温泉に下ろうとして残雪が多く下ることが出来なかったルートでる。
     URL→ 思い出の山行 海抜ゼロメートルから白馬岳へ (下)
妻の短大のワンゲル部(ハイキング部にチョっと毛が生えた程度)で夏合宿のルートにこのエリアに決めたのだが、
SU君と登った数日後、
妻達は下見ワンデリングでSU君と下ることが出来なかったこのルートを登ろうとした。
ところがやっぱり妻達は雪倉下ノ沢手前でルートを見失い途中でビバークしたらしい。
彼女達の技術では大雪原では引き返すことさえ出来なかったと思われる。結果オーライであった。
でもチャッカリ蓮華温泉の最も上の「露天風呂」にタオル一枚で入ったそうな。
 
この山行は夫婦共のリベンジ登山です。
 
<マップ>
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○1977年7月15日
 22:10発青森行き急行「きたぐに」にて出発。
 
○1977年7月16日
 糸魚川で乗継ぎ大糸線平岩駅下車、バスで蓮華温泉午前9時着。ここで登山届け提出。
 天気は今にも雨が降りそうな曇り空であった。
 この3年前と同じく、大阪では梅雨は明けていたのにこの辺はまだ明けていなかった。
 
<蓮華温泉>
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 雪倉下ノ沢のモッコ渡し(現在は鉄橋となっている)で本降りの雨となる。
 雪倉下ノ沢の激流の上をモッコ渡しで渡るのは、結構スリルがあった。
 怖がる妻に乗り方を指導したり、ザックを運んだりして1往復半した。
  (写真はこの1年後に撮影した同じモッコ渡し)
<雪倉下ノ沢のモッコ渡し>
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 次は今回最大の難所、白高地沢の渡渉である。
 私一人なら力で押し切ることも出来たかも知れませんが、
 妻の体重・脚力、私自身の渡渉技術の未熟さ、すぐ下流に滝のような急流があったこと等から、
 1時間程付近をウロウロしたが渡れる場所を発見出来なかった。
 雨は土砂降り。仕方なくクマザサの中の少し高いところにツェルトを張った。
 午後2時。ここでビバーク。

○1977年7月17日 前半
 6時起床。天気は霧雨。
 前日目印を付けておいた河原の岩をみると数cm水面が下がっており、
 流れの勢いも小さくなっていた。
 徒渉決行!
 妻のザックも担いで川を1往復半してやっとのことで渡ることができた。

 白高地沢を渡渉して五輪尾根のカモシカ原に取り付く頃には雨は止み、
 雲が急速に飛び上がり、またしてもここで梅雨が明けたのだ!
 
<カモシカ原にて> 梅雨が明け妻の顔も少し明るくなった
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                  つづく

 

by Mr_Futchan | 2019-01-07 00:00 | その他 | Trackback | Comments(2)

トランスメディア提供アイコン01 謹賀新年 2019年

 
謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
 
本年も宜しくお願いいたします。
 
      平成31年 元旦  ふっちゃん
 
 
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 *        
 
昨年美瑛で撮ったクリスマスツリーの木を使って一生懸命作ったのですが・・・
ブログのFile容量制限(500kB)からこんなに小さくなってしましました。
 
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by Mr_Futchan | 2019-01-01 00:00 | その他 | Trackback | Comments(8)

トランスメディア提供アイコン01 思い出の山行 海抜ゼロメートルから白馬岳へ(下)

 

1974720

8:00起床。朝食後、9:15の天気図を付けるが、さして昨日の天気図と変わらず梅雨は明けそうにない。

栂海新道を歩破したこともでもあり、 これから先は社会人になっても来る事ができると意見が一致、

朝日岳から東に伸びる山稜(通称カモシカが原)に沿って蓮華温泉へ下山すると決める。 ところが

これが間違いのもとでした。

9:45ツェルトを撤収してガスと雨の中を濡れネズミとなって下り入る。すぐに大雪田にぶち当り、深

いガスで先が分からない。 ザイルでお互いを結び、 ホールドしては進み、 進んではホールドして、

雪田の上を何度も行ったり来たりして高度を下げて行くも、全く下山する道が分からない。視界10m

五里霧中とはこのことである。

1時間しても分からないのでスタート地点へ戻り、 次は少し方向を変えて雪の少ない稜線上を行く。

赤布のマーキングを発見して下山ルート発見かと思うがどうも違う。 春山スキーコースの目印か?

再度スタート地点へ、下山出来ないのである。( 二人とも地図読みには自信があったのだが・・・)

12:30吹上げコルでしょぼい昼食を摂っていると霧が晴れ、大きな雪田が眼下に広がる。ゾっとする。

危なくて、霧が晴れていても、上りは可能であったとしても我々の装備と技術では下りは無理である。

ここで元の雪倉岳〜三国境〜白馬大池〜蓮華温泉とコースを元に戻す。

 

赤男山を過ぎた頃雨が上がる。 しかも今まで下界を覆っていたガスや雲は何処へ行くのかという程、

急速に視界が開けて行く。「梅雨が明けたのだ!」こんなにも劇的に天気が変わるものなのか!!! 

梅雨が明けた

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雪倉岳(2611m)を過ぎる頃には太陽がまぶしい。15:30雪倉非難小屋着。

直ぐにツェルトを張って干し、寝袋や衣服を干した。この夜、非難小屋の中には入らず、満点の星空

の下ツェルトの中で寝た。

<7月21日の朝>

 


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7:00 冷ややかではあるが心地よい朝の空気の中出発する。旭岳が陽を受けて素晴らしい。 三国境

に来て沢山の登山者に出会う。今まで二人行動であったため、人に酔ってしまう。 三国境からは

白馬岳を望むだけで山頂までピストンもせずに帰路を急ぐ。

白馬大池からは長い下りである。蓮華温泉に着く頃にはヒザが大笑いをはじめていた。11:30

<旭岳をバックに>

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<白馬の勇姿> 三国境より

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**************************** END

 

下山して数日後大学のワンゲル人パーティーの遭難騒動が新聞に載った。 我々が下山を諦め

同じ日、同じ山域で道に迷ったらしい。

 

SU君のおかげで、学生時代最後の素晴らしい山行を楽しめた。ありがとう!

 

彼はその後造船所に勤め、今も多くの職工を束ねている。

 

 



by Mr_Futchan | 2018-12-27 00:00 | その他 | Trackback | Comments(2)

トランスメディア提供アイコン01 思い出の山行 海抜ゼロメートルから白馬岳へ(上)

 

大学生活最後の夏休み、卒論や実験の合間を縫って白馬岳へ向かった。

 

この山行はSU君と計画した。

山行前年1973年の夏、彼は北アルプス全山縦走を企画した。

僕はそのサポートとして組織した3つのデポ隊の1つ、

一番南の双六岳に食料を上げる予定でしたが、

夏合宿でトラブルが起こりその企画はお流れになった。

SU君も僕も大学院には進まないので、このコース『海抜ゼロメートルから白馬岳へ』は、

社会人となって体がなまってしまっては行けるところではないので

最後のチャンスになるかも知れず二人で行く事になった。

 

***山行記録より****************

 

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22:10 大阪発青森行き急行「きたぐに」にて出発。

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6:44 親不知駅到着。8:30登山口通過。

登山口と言っても道標も何も無くただの裏山のあぜ道である。親不知の断崖を右にながめ、

潮騒と自動車の音に送られ、風吹川に沿って霧雨降る北アルプスの最北端に突っ込む。

二本松峠を越えると下界の騒音も無くなり、いよいよ人間社会ともしばらくお別れである。

尻高山(677m)を下り、坂田峠を過ぎ次は金時坂の急登である。雨で熊笹はすべるし、

薮こぎは体力を消耗する。 二人とも夜行の疲れもありバテバテとなり坂の途中でデンと

なる。

15:00雨水で全身ずぶ濡れ、しかし、睡魔はすぐに襲ってきた。

<白馬岳は遠し>

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6:30出発。雨の中シキ割より白鳥山へは沢すじを行く。白鳥山の肩にかかるころにわかに

南方が晴れるが、まだまだ悪路は続く。(写真上)

縦走路は1,000m付近を上下しブナの林の中を進む。時々マムシが昼寝をしているのでギョ

っとさせられる。

もう蒸し暑くて、犬ヶ岳の東肩に建てられた「栂海荘」(さわがに山岳会)に着くとそれ

より前には一歩も足は出なかった。1400 

<MAP> ( ↓ 地図はクリックすると大きくなります。)

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4:30起床。朝食を摂ったが昨夜からの雨は止みそうにない。午前中は様子を見る事にする。

再び9:00起床。雨は小降りになってきている。9:15の天気図をつけて見ると、もうこれ以上

天気は崩れることもないと判断。 ガスの中を犬ヶ岳へ向けて10:35出発。 視界は1020m

やせ尾根を沢ガニ山(1612m)、黒岩山と越えていく。ブナの樹林帯を過ぎると、前に大湿原

が広がる。(・・・が、相変わらず視界は悪い。) 踏跡も所々薄く、大雪田ではルートを探す

のに苦労する。 雪の間にミズバショウが顔を出し、アヤメ平の名のごとくアヤメが咲き誇

っている。 朝日岳の吹上げコルまで、シラビソのトンネル、草原、池溏が交互に展開する。

<湿原に顔を出すミズバショウ>

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このルートは地元のさわがに山岳会10年かけて切開いた登山道「栂海新道」と言います。

吹上げコル旧朝日小屋跡到着したのは18:00、精も根も尽き果てたという感じであった。

 

梅雨も晴れてないこんな所で二人だけかと思ったら、 我々のツェルトのすぐ下に一人用の

ツェルトがもう一張りあった。 ちょっと挨拶と思い声を掛けると寝袋から覗いた顔を見て

ビックリ。ワンゲルの先輩A氏だった。 我々とは逆に親不知に向けて下りるという。同じ

DNAを4年間のクラブ生活で刷り込まれたのだろうか?

<雷鳥にも会いました>

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                  つづく 

 


 


 



by Mr_Futchan | 2018-12-24 00:00 | その他 | Trackback | Comments(4)

トランスメディア提供アイコン01 双子座流星群にふられました

 
12月15日 姫路飾磨港で夕陽を撮った後
猪名川町の大野山に「ふたご座流星群」を撮りに向かいましたが
結果は玉砕でした。
前日の12月14日0時にも大野山の麓まで来ましたが、
霧雨がフロントガラスに付きだしたので帰宅した。
 
15日は22時前に到着。寒い!
大野山頂上に三脚を据える。
先客は1人だが、直ぐ下のキャンプ場は満員御礼で焼き肉の臭いが充満していた。
 
星座には詳しくないが、オリオン座の左上が双子座の大体の位置なので
オリオン座の方向にカメラを向けた。
この方向は大阪平野の灯りが明るく、もともと「ふたご座流星群」の撮影には無理なのかも知れない。
(↓写真はクリックすると大きくなります。)
<オリオン座の方向へ>
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撮影は星の光跡を撮る要領で行う。
しかし、23時頃には薄い雲のベールに邪魔され撮影を中断して帰宅しました。
多くの方が大野山天文台周りにおられましたが、
寒いし星も見にくくなり退散していきました。
肉眼でも観察されませんでしたし、22時16分〜37分までの写真を比較明合成しましたが
結果は同じでした。
<星の光跡>
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by Mr_Futchan | 2018-12-21 00:00 | その他 | Trackback | Comments(5)

トランスメディア提供アイコン01 古きよき友ワンダラー

 
10月26日に大学時代の山仲間有志(ワンゲル部)
KO君、KA君、H君そして僕の5人が(我々の代は全員集合すれば26人となる。)
宝塚で開催されたユネスコ文化祭にS君が出展した作品をダシに集まりました。
S君は早期退職して伊那に移住してエンジニアから転職して林業士や
ユージンスミスの著作権管理者等として活動しています。
彼の作品はそんな林業士での活動を紹介していました。パネル4枚の大作でした。

   *   *   *   ( ↓ 写真はクリックすると大きくなります。)
 
ここからはS君(S君が第一人称)のレポート、写真を記事にします。(お名前はイニシャルに置き換えています。)
 
① 集合 10時過ぎから11時にかけて、KO君、KA君、H君、F君、Sが集合。
韓国緑茶を飲みながら歓談。 
F君は今でも月12日〜14日くらい働いているとのこと。
ドライブが好きなようで、年間の走行距離1.5万キロを越えるらしい。
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② 表彰式 9月に開催されたユネスコ世界遺産写真展でF君が最優秀賞を受賞
していたが、表彰式当日にF君が欠席したため、KO君が代理で受賞していたもの。
ユネスコ宝塚の副理事長からF君が表彰状を受け取った。
 
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③ 12時すぎに、F君の車で牧落の「中華ダイニング 天鳳」へ。
8月のOB会で懐古ツアーのプランに入っていたのに未訪問だった。
カウンター5席、机2個(4席、2席) 合計11席のこじんまりした店。
入店時に客はなし。さっそく餃子とビールで乾杯。餃子は手作り風でうまいが、
30cmΦほどのフライパンで焼くため、一度の生産は3人分だけ。
5人分頼んだため、3人分+2人分に分けて作る。
生産能力に限度があるため、発注に注意のこと。
我々が頼んだのは
ラーメン定食(ラーメン、鳥唐揚げ)×2 中華丼定食(中丼、豚唐揚げ)×3。
若いマスターに石橋店のことを聞いてみると、先代の店主が挨拶に出てきた。
先代店主は74歳とのことなので、我々が学生の時は、20代後半だったことになる。
石橋時代の客が、ウワサを聞きつけて牧落店に来るケースが多いらしい。
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④ 箕面市民展 箕面駅前のビルの展示会にF君が写真を出展していたので、みんなで鑑賞。
F君はここでも、何とか賞を受賞していた。箕面駅でF君と分かれて、石橋駅に戻る。
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⑤ 27日(土) 15時すぎにSU君からメール。
「展示会場に着いた。昨日は仕事、今日は有馬温泉から六甲東縦走路を歩いて着いた
ところです」 (ここにもワンダラーがいた!)
残念ながら、メールを受けた時にSは梅田で長野行きの高速バスを待っていたのであった。
 
以上、S君のレポートを一部手を入れて掲載させていただきました。

 
 
 



by Mr_Futchan | 2018-11-13 00:00 | その他 | Trackback | Comments(2)

トランスメディア提供アイコン01 お久しぶり すーちゃん

本日の空倶楽部のアップは深夜になります。
今日千葉から大阪に移動します。
昨日は小湊鐵道で3年ぶりにまこちゃんご夫婦
と一緒に "すーちゃん " のミニ撮影会をしました。
昼食のひと時
「こんなにいっぱい食べれるかしら?」
4人でシェアしたら完食!でした。

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by Mr_Futchan | 2018-11-09 07:38 | その他 | Trackback | Comments(4)

トランスメディア提供アイコン01 幸あれ!深紅の道を行く

 
全日本写真連盟の姫路地区の写真展を見た後
久しぶりに姫路城の周りを散歩した。
姫路城の南東角にある護国神社を通りかかったとき
深紅の絨毯が参道に敷かれていた。
何故かな?
<深紅の道>
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しばらく待っていると二手に分かれて整列する人達。
結婚式が行われるのだ。
右側が新郎の列、異国のご両親も和服を着て参列されていた。
<おごそかに式場に向かう>
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<幸多かれと祈る>
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護国神社の裏手からは姫路城がいい感じで望むことができる。
白すぎ城も大分落ち着いてきました。
<姫路城>
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写真展の会場があったビルの屋上からは姫路城がこんな感じで
眺めることが出来ます。
<姫路城展望>
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再興途上の関空から仕事で台湾に向かいました。
コメント欄は閉じています。


 
 
 


by Mr_Futchan | 2018-09-21 00:00 | その他 | Trackback